a liar -46 約束-
君がいる世界だけが、ぼくの全て。
「弘ちゃん」
紗奈の声に振り返る。
「大学、留年したって本当?」
「煩いなぁ。……親父に聞いたの?」
胸の辺りまであるふわふわの髪を揺らして駆けて来る姿から、視線を逸らして。窓に映る彼女を見ていた。
「うん……。心配、してたよ?」
彼女の瞳には、今ぼくだけが映っているんだろう。
ソレを確認してしまったら。もう戻れなくなりそうだったから。彼女の姿を直視することはできなかった。
「……分かってるって。…………大丈夫、来年にはちゃんと大学出れるようにするから」
素っ気無い声を装い、彼女の存在を気にしていないフリをする。
紗奈から、甘い香りが立ち上っている。けれど、彼女が香水や香りのするものを身に着けていないことは知っていた。
「ねえ、弘ちゃん」
「何?」
「わたし、何か悪いことした?」
「どうして?」
「だって……ずっとね、目、合わせてくれてないでしょう?」
紗奈の言葉に。
訴えかけるような瞳に。
気付いてしまったら、もうやり直しは利かない。
「何、言ってるの?」
彼女の瞳をまっすぐに見て。
笑ってみせる。ちっとも感情の篭らない笑みで。
彼女に気付かれてはいけない。
彼女に不安を抱かせてはいけない。
彼女の笑顔を絶やしてはいけない。
そのためには、まずはぼくが笑っていなければいけない。
「ぼくが紗奈を嫌うわけがないでしょ? そんなこと心配するより、自分の受験のことだけを考えなくちゃ」
安心するように綻ぶ彼女を見て。
ぼくは自分の選択が間違っていなかったことを悟る。
他の誰でもない、紗奈のために。
いつだって笑っていよう。
どんな時だって。
どんなことがあったって。
そのために嘘が積み重なったって。
別の誰かが哀しんだって。
構うものか。
彼女だけがぼくの全て。
紗奈だけが、ぼくのすべて。
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